2015年5月26日火曜日

御岳山の紅葉屋で炭火焼珈琲を飲む


まあ、毎年、春になると青梅市にある御岳山の御岳神社の御師(おし)さんが山から下りてこられて、我が家にお泊りなって、地域の氏子衆に御札を配るということが、あたしの親の代まで行われていたのである。

御師さんというのは神主さんで、宿坊などを営んでおられて、氏子は講を組んでそこに泊まってお楽しみなるという江戸時代から現在まで続く信仰による風習があるのである。

まあ、信仰と言っても、厳密なものではなく、娯楽のなかった昔の、地域ぐるみの団体旅行てな趣きであるのである。

昨今は講そのものが忘れ去られて、絶滅寸前であるが、まあ、それでも御岳山に登ってみると、御岳山駅前では、ブレザー姿の中高年高齢のおじさんおじーさんたちが十数人で御師さんにご挨拶をなされていたりするのである。

しかし、うちの周囲に御札を配る御師さんが寄る年波で亡くなられて、その跡継ぎの方も山を降りられて、サラリーマンとなられたので、だれも御札配りにこられなくなってしまったので、毎年4月になると、あたしが御岳山に行って、御札を頂いてくるのである。

今年も4月に行く予定であったのであるが、仕事で動けず、5月になってしまったのである。

そんなこんなで、毎年ネタにしてるわけであるが、今年は、毎年御岳神社の石段を登る手前の商店街にある御岳山の水で入れた炭火焼珈琲というのを飲んでみたのである。


毎年、御岳神社に参拝する際には、「御岳山のうまい水・炭火焼・珈琲」という看板が目に入って、どんなもんか一度飲んでみようと思いながら何年も経ってしまったのであるが、店の前が工事中でおじさんたちがじゃまであるにもかかわらず、今年はなんでかしらんがご入店なされて「珈琲をください」と言ってしまったのである。

何事も神のお導きであるので、ものごとはあたしの意志とは無関係に成就されて、この世の極楽地獄を楽しませていただけるわけである。


これが御師さんがお亡くなりにならなければ、あるいは息子さんが後を継げば、もしかしたらこの珈琲を飲むこともなかったかもしれないわけであるので、ものごとはすべてがなるようになり、ならないものはならないようになっているのである。


てなことで、サイフォン一杯だての珈琲で、意外なことに大変おいしゅうございましたのである。

意外は失礼だろう。

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2015年5月1日金曜日

甲州からの帰りの夕食にミスジステーキとポークカレーを食う


甲州の大善寺てなお寺さんにロケに行った帰りに、またぞろ中央自動車道と首都高では色気もへったくれもなかろうつーことで、甲州街道をへろへろと走って、途中になんかよろしいメシを食わせるところはないかと物色してたのであるが、ないときはないもんで、全然見つからなくて、仕事の途中で年がら年中昼メシ食ってる某がすとで夕食になっちまったのである。

まあ、ないときはないでなんでもいいのが象師匠のこだわらない人生であるので、メニューをみたらミスジステーキてなお料理が目についたので、それをおかずにポークカレーを食うことにしたのである。

ステーキをおかずにポークカレーでは、血管や内臓には乱暴狼藉みたいな取り合わせであるが、タンパク質満点と思えばそれはそれで正解であるのである。

ここがね、あたしの人生を如実に語るお楽しみであるが、その場の最大の楽しみをなんとかかんとか楽しむためになんとかかんとかするわけである。

何ごとも、それなりにお楽しみに慣ればこの世は天国極楽であるのである。

ものごとを悲観して考えればその場が地獄となるが、その場の最大の楽しみを企画すれば、その場が天国となるのである。

たとえ、不治の病に罹患して、人生のどん底に落ちた場合でも、その場の楽しみを考えれば楽しみの場となり、お病気を考えれば奈落の底となるのである。

考えても考えなくても同じなら考えなければいいのである。

その場を楽しもうと考えたときに波動が変わり、細胞がよろしい方向に行こうとするのである。

細胞がよろしい方向に行こうとすれば、不治の病も不治の病でなくなる可能性ができるのである。

いいね、それでこそ雑木功いや象気功であるのであるが、そんなことでも書かんとファミレスでネタにを作るのは至難の業であるのである。

ううう、書き始めてしまったが、さすがにこんなの読みたい奴がいるのかどーか心配になってきたのであるつーことで大変美味しゅうございましたのである。

うふん、象師匠ったら。

なんだそりゃ。

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