霊能気功家象師匠の氣を養い高めるための日々の食事である。人間の全身37兆個の細胞は食事により常に入れ替わっているのである。医食同源である。気功師としての氣の身体を維持するためには、とにもかくにも食が基本である。もちろん、運気運命は食により変わるのである。しらんがな。
2013年3月22日金曜日
月島でもんじゃ焼きと生ビール
もんじゃ焼きが食いたくなったので、一も二もなく電車に飛び乗って東京都中央区の月島の地に降り立ち、勇躍颯爽とその勇姿を現したのである。
東京メトロの月島駅7番出口を出ると、月島西中通り商店街のいわゆるもんじゃストリートつーのか、もんじゃ焼きの店だらけの通りに出るのある。
これが70店舗もあるそーであるので、そら壮観であるのであるが、いくら多くてもご入店遊ばすのは1店であるので、まあ、とにかく従業員が黒い制服で小洒落たこんてんぽらりーでナウぃてな恥ずかしい店装の店ではなくて、昔ながらの下町風情のあるよさげな店はなかろうかと選んで、さんぼてな店にめでたくご入店なされたら大人気満員で、そそと端の席に座って生エビもんじゃとビールをご注文したら、当たり前であるが先にビールが出てきたのであるが、これ、先に飲んでしまうともんじゃを食いながら飲むのにまた頼むようになるので、すこーしづつ飲んでたら生エビもんじゃが出てきたのである。
ううむ、どうも文章が長くなるのであるが、これはなんでかしらん。
ああ、改行するのがめんどくさいのね。
まあ、いいや。
まあ、江戸川区に住んでる知人の話によると、子供の頃には「駄菓子屋」にはもんじゃ焼きの鉄板があって、遊んでお腹の減った子ども達がそこに集まって食ってたそうである。
それで、子供であるから生焼けのまま食ってときどきお腹をこわしていたてなことをおっしゃって大笑いをしてたのである。
それで、江戸時代には既にもんじゃ焼きに類するものがあったことが分かっているそーである。
焼くときにタネで文字を書いて遊んだことから「文字焼き」と呼ばれ、「もんじ焼き」これが「もんじゃ焼き」となったとの説と、豪商の子息で大酒飲みの「門次郎」と呼ばれる男に由来する説とがあるつーことであるのである。
まあ、もんじゃてなものを食うのはこれで、2度めであるのである。
東京都台東区浅草近辺が発祥地とされる事が多いようであるつーことであるが、前回はその浅草のもんじゃ焼き屋で、おにーさんが目の前で焼いてくれたのを食ったのであるが、これが数年前であるので、もちろん手順はものすごいうろ覚えであるのである。
浅草の場合は観光客がほとんどで、もんじゃの店にはおにーちゃんおねーちゃんの客ばかりで、それにいちいち焼き方を説明してるとらちが明かないので、全部焼いてしまうとゆーことであると思うのである。
それで、月島のこの店は周囲を見回し見ると、どうも自分で焼くようであるのである。
まあ、当たり前である。
それで、生エビもんじゃを持ってきたおにーさんに「鉄板が十分あったまってから、具を先に入れて、焼けたら汁を入れてください」とご注意をいただいたのであるが、美味そうで待ちきれないのですぐ油を引いていきなり入れようとしたら、おにーさんがとんできて、「ちょっちょっ」と止められて、鉄板の温度を確かめられて、OKが出たので入れたら、それでもやっぱり早くて、となりの家族連れの鉄板はジュージュー言ってるのにあたしのは無音であるのである。
「うううう、やっぱり早すぎた、もっとじっくり待てばよかった、ああ、古来よりあわてるなんとかはもらいがなんとかつーのは至言であるなあ」
と大反省して泣きながら嘘泣きして、まあエビが焼けたのでよかろーとゆーことで汁も入れたら、さらに温度が下がって、そしたらそれに気がついたおねーさんが鉄板の温度を上げてくれたので、少しづつジュージューし始めたのである。
それで、どうもエビだけでは具が寂しいので、
「ううむ、これでは大霊能グルメレポーターの象師匠の面目もあそこも立たん、トッピングを追加しようではないか、これこれ、そこのおねーさん、イカとホタテを追加してくれないかね、うむ」
と申し上げたら、
「ええ? トッピングを今からですか?」
つーので、
「ああ、今からじゃだめ? そらそうだね、ごめん、今の発言は撤回します、ハイ」
つーことで、そのまま、もんじゃをもんじゃもんじゃしながら焼いて食って大変美味しゅうございましたのである。
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